MENU
臨床検査技師100人カイギ紹介ムービー
カテゴリー
購読(LINE友達登録)

#03 転職を決めた時の経験

こんにちは。フリーランス臨床検査技師の服部です。

現在ははっとラボ(屋号)として超音波検査と教育を主軸に活動しています。
連載第3回目として【転職を決めた時の経験】について語っていこうと思います。

読了目安時間:10分程度(1分300文字)

転職の動機と臨床検査技師でなくてもいいかなって気持ち

私の初めての転職は決して前向きなものではありませんでした。

第2回で語ったようにうつ病をきっかけに、元の職場に戻ることができないと判断したためです。

この決断は心療内科の先生が言うように、約1年の休職の後半に行っています。

この頃の私は超音波検査が好きではありましたが、1型2色覚の特性を持ったまま臨床検査技師として生きるには必要であったからという意味もこもっていました。

臨床検査技師として転職したところで、また色覚と向き合いながらキャリアプランを練るという余裕はなく、臨床検査技師ではない職を探しても良いか…と考えていました。

当時、私が暮らしていたのは島根県松江市。島根県の中では栄えている都市ですが全国的にみればやはり田舎です。

職にあふれているわけでもなく、パートやアルバイトの募集が多い、そんな地方都市です。

新卒という強力なカードを失っている私が他の職に就くと考えたとき、何ができるのだろう、何がやりたいのだろう、いや、生きることができればいいか…と色々と思い悩んだものです。

ハローワークにも何度か通いました。良い求人というのは見つからず、どうしようかなぁと日々、考えて過ごしていました。

恩師の助けで転職先をみつけた

そんな日々の中で、いつもメールで相談をしている相手がいました。

私が大学4年の課題研究、そして大学院進学後の教室の教授であった廣岡保明先生です。

私の病状や考えていることに対して親身に対応してくださり、面談の時間も設けていただきました。

相談を続ける中で超音波検査が可能な技師を探しているという済生会境港総合病院を紹介してもらい、やはり臨床検査技師として超音波検査を主軸に生きていこうと決めました。

当時の私のメールはだいぶ支離滅裂になっていて、解読するのも大変だったと思いますし、話していてもどこかまとまらないようなそんな話し方で対応するのも大きな負担だったと思います。

この時、廣岡先生がずっと私のことを気にかけてくださったことに本当に感謝しております。

ブランクへの不安

約1年の休職の間、まったく超音波検査に触れておりませんでしたので、いざ転職先で業務を行うとなったとき、しっかりできるかの不安はたしかにありました。

また、通常のうつ病からの復職は職場で復帰のプログラムを組んで配慮をしながら行うものですが、転職という選択をしたためそういったプログラムなしに働くことになりました。

勤務先も島根県ではなくなり、鳥取県境港市と慣れない土地に転居しての新生活でしたので少し寛解してきたメンタルもまた崩さないかという心配もありました。

培った技術は廃れなかった

超音波検査の腕が落ちているのではないかと不安を抱えつつも、新しい病院で超音波検査を担当している技師にもテストをしてもらって、いざ復帰してみたところ意外と身体が、目が、頭が、覚えているものだと感じました。例えるなら、自転車の乗り方みたいなものかと思います。何度も何度も繰り返し、身体に覚えこませた自転車のバランスの乗り方、ペダルのこぎ方は、しばらく乗っていなくても自然と身体が動きますよね。

そういった感じで、プローブの動かし方、みえている画像の判読をすっと行うことができました。そうは言っても、少し精度が落ちているのでは?と思われるかもしれません。それが、驚くことに、私の実感としては精度が上がっている印象でした。

うつ病が脳の病と言われることを体感する経験でもあるのですが、うつ病を患って脳の機能が低下している状態よりも、投薬治療を行って、しっかり休職も挟んで、完全とはいえずとも復職可能と心療内科で判断してもらえるほど寛解してからの方が、自身のスペックは良い状態なのだと思います。

おまけ:環境と個々の能力の発揮について

私は最初の職場では、一応、超音波検査士や血管診療技師の資格も取得しましたし、主任のポジションにもおりました。仕事ができないわけではなかったけれど相当無理をしていたと思います。人間関係が大きな要因ではあり、そこに起因する勤務体制が私をうつ病へと導き、本来もっている力を発揮しきれない状態にしてしまったのだと思います。

環境という要素には人間関係以外にも、所属している部署や労働環境(日当直が多い、勤務時間が不規則など)、勤務地と様々な要素があるかと思いますが、その中でも特に変えにくいのが人間関係です。

「人に他人は変えられない」これは私の恩師がよくアドバイスしてくれている言葉で、様々な書籍にも書かれていることかと思います。

では人間関係を変えるにはどうするのかというと「自分が変わる」「関わらない」「違う環境に身を置く」の3択になるかと思います。ただ、同じ職場であって勤務体制によっては「関わらない」を選択できない状態になってしまっている人もいると思います。私もそうでした。

私は最初は「自分が変わる」ことを選択し続けていたように思います。その相手に気に入られるように立ち回り、すごく気を遣ってそこで生存しようとしていました。それで限界がきてしまったのです。うつ病をきっかけにもう一つの選択「違う環境に身を置く」を行うことになりました。その先でも色々とあったのですが、結果的にそれで良かったと今でも思います。その後の「違う環境に身を置く」という選択の結果が「フリーランス」につながったのだと感じています。

※「自分が変わる」の意味を相手に合わせることにしてしまったのがいけなかったのかもしれません。相手に合わせるのではない方向へ変わる道もあったのかもしれません。

今、職場であまり自分が成長できていない、力をだせない、自分はだめだ…と悩む方もいるかもしれません。それはもしかしたら環境要因のせいかもしれません。

例えば、魚は地上では生きていくことができませんし、人間も海では生きられません。

それぞれに適した環境があります。

それは都市部の方が良いのか、地方の方が良いのか、大病院が良いのか、クリニックが良いのか、検体検査が良いのか、生理検査が良いのか、最も自分が力を発揮できるのはどこなのかみつけるのは難しいかもしれませんが、転職という方法でもそれを知ることができるかと思います。必ず一つの病院で骨をうずめなければならないわけではありません。

私は今までで計8施設で働いてきました。オンライン事業の提携も含めるともう少し増えます。それぞれの働きやすさ、働きにくさ、人間関係の模様がありました。

そして今、これを書いている時に感じていることは、私という個人が最も能力を伸ばしながらその力を発揮できる働き方が「フリーランス」としての超音波検査の担い手かつ指導者、オンライン事業なのだということです。

最初からフリーランスという選択は勇気がいります。しんどいな、合わないなと感じる職場だったり、うつ病になりそうな職場だったりするならば、転職という手段で環境を変えることも選択肢として有効であり、自分を見つめなおすきっかけになり、どんなところなら自分が力を発揮できるのかを考え、実践につなげることができるのではないかと思います。

(#04へつづく)

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
URLをコピーする
URLをコピーしました!

この記事を書いた人

鳥取県の臨床検査技師。
鳥取大学医学部大学院修了後、総合病院の勤務経験を経て現在はフリーランス(はっとラボ)として活動している。超音波検査士(消化器)を取得しており、オンラインを活用した超音波検査の技師教育に力を入れている。1型2色覚やうつ病による休職など、ライフスタイルとキャリアを見つめ直す機会が多くあった。座右の銘は「待て、しかして希望せよ」。

このページの内容
閉じる